ブダペスト



98年11月 Budapest シシカバ屋 フランクフルト空港に着くと、名古屋から満席で一緒に来た団体のおじさんおばさんが 空港内をギャーギャー言いながら付いてくる。
どこへ行くのかと聞いてみればローマだという。
ブダペストじゃなかったからほっとした。
名古屋を10時過ぎに出て約12時間飛んだのに、地球の自転と反対方向に飛んでいる のでフランクフルトはまだ15時過ぎでも太陽が出ている。
それにしても飲み過ぎのせいか疲れたなああ。
フランクフルトからブダペストまでは、約1時間のフライトで着いた時はもう暗くなって いた。
98年11月 Budapest 切符 さあ、着きましたよ、10年前まではバリバリの共産国のハンガリーです。

心なしか、暗いなああああ........だって、夜なんだもん.....
でも、やっぱりどことなく暗い国です。
先入観からでしょうか????  いやいや、やっぱり暗いんです。
照明の絶対量が少ないんですね。
今はビザも必要なくなっていますから、通関はただパスポートを見るだけです。
普段、東南アジアの国へ出入りに慣れている人には、パスポートに通関のスタンプを 押してもらわないと、どうも入国した気にならないんですよね。

ハンガリーには、飛行場はここ一つだけしかないんだそうです。
ということは国内便はない訳だから、国際線専用の飛行場ということになる。
98年11月 Budapest 東駅前 その割りにはどうもぱっとしないんですね....やっぱり元共産圏というイメージなんで しょうね。
飛行場で両替をして、日本から持参した案内書を首っ引きで読みながら、バス乗り場 を探します。
国際空港とはいうものの便数も少ないようで、その頃にはもうあまり旅行者らしい人は 見掛けなくなり、少し心細くなります。

98年11月 Budapest 王様のお寺 案内書には、まず空港の切符売り場でバスの切符を買ってから、乗ることと書いてあるので それらしく所を探すのですが解りません。
仕方ないので一旦空港の中へ戻り、案内所で切符売り場を聞いたら、何と空港ビルの 二階の「たばこ屋」との事。
そんなところ、初めての旅行者に解る訳ないでしょう!!!
こりゃあ、すごい所へきちゃったなああとPQVと顔を見合わせる。

でも、辞めて帰る訳にもいかないので、腹を据えて「さあ、まずはホテルへ!」
薄暗いバス停でバスを待つと、バスはすぐに来ました。 2両連結のバスです。
写真にある「薄紫色の切符」75フォリント(約75円)を持って勇んで乗ります。
周りの乗客を見回しても、旅行者は我々だけです、本当に良いのかなああ...
案内所の通り、バスは地下鉄の駅までです。
我々はカバンをガラガラ引っ張って、今度は地下鉄に乗り換えます。
納得、普通旅行者はこんな面倒な事はしないで、タクシーとかもっと便利な方法で 行くんですね、多分。
そんな事を言ってても始まらないので、荷物を引っ張って人の波に付いて行くと、 改札なしでもう電車の中です。
なるほどなるほど、以前行ったドイツと同じシステムなんだ、あれ切符は????
98年11月 Budapest 王宮にて 切符を買いに電車を降りるのが面倒だったので、切符なしでそのまま乗って行って しまった。
幸いなことに、検札はなかった.....あったとすれば、数倍の反則金を取られると 案内所には書いてあるが、もうどうすることも出来ない。
そんなこともあり、以降ウイーンでもミュンヘンでも必ず一日券を買うこととした。
だって、一日券ならどれだけ乗っても何回乗っても料金は同じだし、買い忘れる心配も ないから...
98年11月 Budapest 鎖橋 写真では上から二枚目の写真で、周りを数字で囲いバックが「英雄広場」の写真になった のが、ブダペストのバス、電車、地下鉄共通一日券です。
そんな風にして、1時間くらい掛かって何とか目的のホテルへ、たどり着くことが出来た。
そこは、「ブダペスト東駅」のすぐ近くだった。
上から3番目の写真が、翌朝ホテルの前から「東駅」をバックに撮った写真です。

98年11月 Budapest 王宮 ホテルのチェックインが終わって、ひとまず部屋で顔をあらってから大体7時頃になって いたけど、おなかも空いてきたので早速街へ出てみた。
やっぱり、暗い!!!!!
ほどなく、何故か、一番上の写真の「シシカバブ屋」を見つけた。
シシカバブは中近東、西アジアの羊の肉の串焼きだ、どうしてハンガリーにあるんだろう。
店の中には中東人らしいのが客でいたので、その連中目当ての店なのかなとも思ったりした。
98年11月 Budapest 切符売り場 ぶらぶらしてもたいしたものもなく、普通のお店は閉まっておりどうしようもないので、 それでもホテルへの帰り道で、コンビニを見つけてビールを買い込んで帰り、ホテルの部屋で 無事の到着を祝福しながらビールで乾杯をしてその夜はおとなしく寝ました。

二日目、時差ボケの眠い目をこすりながらPQV局のハッパでようやく起き、ハードな一日が スタートしたのです。
PQV局は事前に全ての目的地分の旅行案内書を買い込んで勉強済みであったので、私はただ ついて歩くだけでよかったのですが、楽な一方どこへ行くのかいちいち彼に尋ねないと何も解らない のには参りました。
だから今でも行った場所の名前はなかなか出てこないし、覚えていない所も沢山あります。

ブダペストって街の真ん中を「ドナウ川」が流れていて、お役所関係の集まった一方を「ブダ」側と 呼び、反対側の下町というか文化的な側を「ペスト」と呼んで、合わせて「ブダペスト」となる んですね。
これは私も初めて知りました。

98年11月 Budapest 電車の切符 まずは「ブダ」側の王宮見物からスタートです。 王宮ではまず、観光客相手のヴァイオリンが 盛んに「ドナウ川のさざ波」を弾いています.....そこで投げ銭.....
そして「ペスト」側をバックに一枚写真と撮ってもらいました。
有名な「鎖橋」のライオンの前で、更に一枚.....橋はペスト側まで歩いて渡りました。
98年11月 Budapest オペラハウス お昼は「オペラハウス」辺りをぐるぐる歩いて探し、パン粉のついてない天ぷら風トンカツを 食べました。(当然喉が乾いているのでビール付き)

写真の順番は逆になっていますが、続いて安心して観光が出来るように、翌日のウイーンへ 移動するための電車の切符を調達に「東駅」へ出掛けます。
時刻表を確認するとブダペストからウイーンへは、毎日朝と夕方の2本の電車があります。
ウイーンへは、暗くなってから着くより明るいうちに着きたいという理由から、朝の電車を選んで 窓口で切符を買います。
98年11月 Budapest 英雄広場 思ったより安かったので、「一等車」を買いました。
なんと切符は「手書き」でした。(写真をご参照下さい)

その後、「英雄広場」へ行って、更に市内の繁華街を徘徊しながら夕食を何故か「マクドナルド」 のハンバーガーにして、その日は終わりました。

3日目の朝、「東駅」からウイーン向け出発です。

98年11月 Budapest



「ウイーン」につづく.......





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