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私が「JA2CGH」のコールサインを戴いたのは昭和36年5月10日ですから、その電話級の試験は 昭和35年10月に行われたということになります。 2エリアの国家試験は名古屋市公会堂で平日に行われたものでしたので、当時私が住んでいた岐阜県 郡上郡八幡町からはとても日帰りが出来ない為、学校を休んで前日から名古屋へ泊まり込んで受験を したものでした。(この辺の詳細は、そのうち別のところで書きます) 当時の私は中学生でしたから、送信機受信機などのリグをつくるための小遣いで精一杯で、とても JARLに入会するなんて余裕が無かった事を覚えています。 わずかながらやったQSOに対するカード交換は、いちいち切手を貼って出しましたし、先方もそれが しごく当然の事として応じて戴けたものです。 それとまともに交信をするようなリグが完成することもなく、受験勉強の為時間が割かれてしまった こともあり、とうとう学生時代はJARLの会員になることなく時間が過ぎて行きました。 その間当然、QSOもまともにやっておりませんし、半田ゴテをにぎるだけで満足をしていたもの でした。 そんな私がJARLを本格的に意識し始めたのは、やはり本格的なQSOを始めたからでした。 そのきっかけは、DX QSOへの憧れからでした。 たまたま取引先に「八重洲無線」と懇意の人が見つかり、いろいろ話しているうちに、いわゆるB級品 という正規品としては市場へ出せないのを、格安で探してきてくれたのでした。 それはとても自作できるようなレベルのものでなく、また現在でも通用する本格的なSSBのトラン シーバーでした。 いまでは残念ながら手放してしまったのですが、「FT−401S」という機種でした。 その当時は既に就職をし、結婚後長男が生まれたばかりで嫁さんがちょうど実家へ帰っていたりなんか して、タイミングもよかったんですね。 21MHzのSSBで始めたのですが、10WというのはやはりDXには限界があるんです。 すぐ電信級、2級とライセンスをとり、アパート住まいでもありましたのでQRLはあきらめて 10WでのCWでしゃかりきになってやったものです。 そして偉大なる「JARL」のお世話になる必要性が出てくる訳です。 みなさんにはもうお分かりだと思いますが、そうですQSLカードの問題です。 国内も外国もQSLビューローが働いているということはすごいメリットなんですね。 QSLカードの国内国外宛転送の魅力でJARLへ入会したのが本当の理由です。 そもそもが、JARLというのはアマチュア無線の全国統一クラブなんですね。 それをどう間違えたのかお役所の出先と勘違いしているご老人がいる。 無線をやらないアマチュア無線家が、なにが目的かは知りませんがとにかく牛耳りたいんですね。 JARLを巨大クラブと考えるなら、会員に対して献身的に活動すべきであって、会員から搾取するだけ というような発想は出てこないんです。 お役人でもそうなんですが、基本は善良なる国民、市民、町民、村民のしもべなのであって、 JARLに於いても同じように役員、代表は会員のしもべであるべきなのです。 そしてアマチュア無線は営利の為に行う訳ではないのですから、役員、代表も営利を目的として動いては いけないのです。 現在はその辺の分別がついていない!!!!!! 一日も早く、郵政省の出先機関の感覚から脱皮してほしいものです。 |
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