沖縄の印象



1999年5月13日から15日にかけて2泊3日の会社の旅行で沖縄を訪れる機会に恵まれ ました。
12日から既に梅雨に入っており、天候の心配をしていたが結局3日目の午後に30分程度 スコールのような雨が降っただけで、あとは天候には恵まれた。
全体の印象としては、今まで少ない情報しか持っていない私にとっては、現場を見ながらの 説明もあることから目新しい実態を知らされることが多く、大変複雑な気持ちになる旅行となった。
そんな印象に少し触れたい。

沖縄の地層は隙間だらけの琉球石灰岩で形成され、特に南部では「ガマ」と呼ばれる自然洞窟が 無数にある。
戦時中これらは住民の避難壕になり、軍の陣地壕や病院壕などに使われていた。
が、そこは戦争の醜さと凄惨さの極みを見る修羅場でもあった。

首里が落ち、南部の摩文仁へ撤退する日本軍に入り交じって、10万人以上の老幼婦女子が砲弾 飛び交うなかを彷徨。
やっと入れるガマを見つけ出しても、その中は軍民入り乱れてひしめくところであり、火焔放射器 で迫りくる米兵に脅えおののく敗残兵のなかには、もはや極限状態に陥り、幼児扼殺、壕追い出し、 食糧強奪、それに抵抗したものは即刻スパイ容疑で射殺するなど、同胞への悪虐非道を繰り返す ものも出た。
この悲惨な歴史の秘められた「ガマ」に入っての戦争の恐ろしさ、平和の大切さを追体験するコース を、沖縄への修学旅行に組み入れている高校も増えている。

「沖縄戦」という過去を正しく振り返る!!!

従来の戦跡めぐり観光が軍人賛美に傾いていたことに対する強い疑問。
沖縄の一般民衆や軍夫、慰安婦として強制連行されてきた朝鮮の方々の犠牲による沖縄戦の 「実態」を直視することによって、真の平和国家が生まれるのではないでしょうか。

沖縄を訪れた時の、大変複雑な気持ちを忘れることはできません。
決して、単なる物見遊山で出掛けるべき場所ではないことを、肝に命じたいものです。


1999年5月21日